2010年11月30日火曜日

オハイオ(3)

金曜からはEの家で2泊。

Eの家にはジャグジーがあるので、2晩ともジャグジーにつかっておしゃべり。私のおしゃべりが止まらなくて、口を挟むのも悪いと思っていたEが、「ねぇ、そろそろ上がらないと・・・」と遠慮がちに言ったときには、2人とも手がシワシワ・・・。

土曜の昼間はEと共に再びTの家に行き、新たな家族も加わって更に賑やかに。昼のメニューはお好み焼きだったのですが、何故か関西出身だからと私が作る係。いつもええ加減に作ってるから、緊張するやんね。私の作ってるのを見て、同じく関西出身のEは、「えー、混ぜ過ぎたらアカンねんよ」「大阪のは押さえへんで」とか言うし。「いーの、ウチはいつもこうなんだから!美味しくなかったら食べんとって!」

てなわけで、皆さん私が怖くて本当のことも言えず、「おいしい、おいしい」と、お好み焼きはきれいになくなりました。(私の口には半枚しか入らなかったから、本当においしかったのでしょう。)

土曜の夜は、フロリダに行っていた子供たちが戻って来て、ご主人のデイブがステーキをグリルで焼いてくれた。食後は子供たちとピンポン。このピンポン台、通常の4分の1の大きさで、息子のシェーンの部屋にあるのだけれど、結構普通にピンポンが出来てすごく楽しい! 我が家にも欲しいなぁ。(一人で誰とするねん?)

Eと2人で乱打していた時は、「同じくらいの腕前やねー」って言ってたくせに、試合になった途端、Eは本気で打ち始めて、わたしはコテンパに負け。次にシェーンとやったときもコテンパ。娘のハナとEが試合し、最後はシェーンとハナの試合。

ワインも飲んでええ気持ちの私は、「よし、どっちが勝つか掛けよう!」と、不届きにも子供の試合に賭け事を。私はハナに、Eはシェーンに5ドルを賭け、結果はシェーンの勝ち。潔く5ドル払ってきましたで。

翌朝、オハイオは冷え込み、私の車は霜で凍りついていました。デイブがスクレイパーでガリガリやってくれたけれど、なかなか取れない。私のウィインドウォッシャー液も凍っていた。最後にはデイブが家の中からお湯を持ってきて、窓にひっかけてくれて、ようやく出発できました。

こんなに寒かったのに、カロライナに戻って給油のため外に出ると、長袖のTシャツだけでも寒くなかった!
うーん、やっぱし住むにはカロライナの方がええかもしれん・・・。

それにしても楽しい4日間でした。
また行くから、皆さん覚悟しておいてな~。

オハイオ(2)

今回のオハイオ行きには、動機がありました。

通訳を勉強した大学院を卒業したのが2000年。その年、クラスメートの中で、Eちゃん、Kちゃん、Hちゃんと私の4人がオハイオの某社に社内通訳として採用されました。(Eの勤務地は別の州でしたけど。)

Wさんも私たちと同じ年にこの大学院に入学。当時彼女は既に通訳として仕事をしており、更にスキルアップするためにこの学校に来ました。入学初日のクラスで、先生が、「Wさん、あなたはこの子達とレベルが違うから、一緒にいたら、いじめるでしょ。だからあなたは2年生に編入しなさい」と、あっさり2年生へ。てなわけで卒業年度は私たちの1年先輩、そしてこの会社でも1年先輩。

その後、E、K、私の3人は離職後、一旦は日本に帰国したものの、Eは結婚を機に、Kと私は夫の駐在を機に再び北米に戻りました。卒業10周年に4人が揃って北米にいると言うのも感慨深くて、絶対に集まろう!と声をかけたのです。

金曜日、この5人がコロンバスのHの家に集まりました。

10年一昔と言うけれど、本当にあっという間の10年でした。けれど、一人ひとりの今の様子を見渡すと、この10年間に本当に色んな人生ドラマがあったのだなぁと思わずにいられません。

なんたって、一番結婚もしそうになかったHが、いまや4歳を筆頭に、3歳、10ヶ月の3児の母。みんなでおしゃべりしている間も、普段は見かけない顔ばかりの来客に子供たちは興奮して走り回る。興奮した子供たちはあちこちでぶつかって、転んで泣くわ・・・。Hは落ち着いて話す暇もありません。

全員、家庭を持ちながらも、やはり通訳翻訳の仕事を続けていると言うのも嬉しいことです。W以外はももうこの会社を辞めているにも関わらず、みんな何かしらの形でこの会社と繋がっていると言うのも不思議なような、でも頷けるような気がしました。

オハイオ(1)

オハイオでの4日間、ほーんとに楽しかった!

水曜日の朝は、その昔ジョダを預けていたところが開くのが8時なので、それを目指して出発。放し飼いスタイルなので、ジョダはここに行くのが大好きだったのです。8時半にジョダをドロップして、一旦は友達のEちゃんのところへ。

そしてランチの時間に合わせて、元の職場を訪問。残念ながら連休前でお休みを取っている人も多かったのだけれど、多くの懐かしい面々に会うことが出来ました。余りに嬉しく、興奮してはしゃぎすぎたか・・・とちょっと反省。みんなが仕事しているのに、色んな部屋や部署に顔を出して、しゃべりまくり。連休前のお休みモードに入っている人が多かったから、いいですよね?

駐在員さんの方はかなり入れ替わりがあって、私の頃からずっといらっしゃるのは10人弱に減っていました。駐在が10年を越える方が数人いて、いつでも帰国できるように外堀を固めていらっしゃる(つもりの)方も、相変わらず記録更新中でしたが(笑)。

驚いたのは米人たち。(この職場ではローカルスタッフをこう呼んでおります。)私がここを去った5年前と全然面子が変わらない。更にはポジションも変わらない。だから、懐かしい所に懐かしい顔があって非常に感激しました。いろんな意味でいかにこの職場の居心地が良いか、そして景気が悪くなったために離職率が極めて低くなっていることを表していると思うのですが、私には嬉しくても、一方では上がつかえていて人の異動がなく、新人も殆どいないのがちょっと心配。

さて、この日は別の友達Tのところへ。今回のオハイオ行きを思いついた直後、カナダに住むKちゃんにもすぐさま連絡を取り、「あなたも来なさい!」と命令。そして勝手に宿泊先はTのところと決定。(私は後半はEちゃんのところへ移動。)

木曜日はサンクスギビング。サンクスギビングの料理は、言ってみれば日本のおせち料理。毎年この日には、ターキーを料理し、地方や家族によっていろいろ違うけれど、幾つかの定番料理(スタッフィング、グリーンビーン・キャセロールやスイートポテトなど)を、家族や親戚、友人で囲むのです。

どこの家でも今年はどこで誰がお料理をするかが問題。多くの家族は、複数の家族でお祝いをするため、年毎に場所を回したり、お料理を分担したり。オハイオ人は兄弟が多いから、結構大変みたいだけど、それだけ楽しそうではあります。職場で再会したポールの家は、「今年はウチの順番で50人来るんだ」と言ってました・・・。50人が入る家って言うのもすごいけど。

Tのご主人のVicは、「5日前XXを買う、4日前XXを揃える・・・」って具合に数日前からお料理の手順を紙に書き出し(紙を覗いたら9日前から項目が並んでいました・・・)、私が着いてからも様子を見ていると、あれこれ忙しそうにしてました。

前日にはアップルパイを焼き、スイートポテトも準備できてた(と思う)。←基本的に、私は皿洗い以外のお手伝いせず(できず)、もっぱらバックグラウンドのおしゃべりで、皆さんの気分を高揚させてあげる(邪魔とも言う)役割。

Vicの準備は抜かりないんだけど、微に入り細に入っていて・・・ちょっと笑えるよ。
下の写真をご覧下さい。

事前に計量したアップルパイの材料が、写真にある茶色の紙袋に入っていました。
砂糖、砕いたピカン(ナッツ)、シナモンとスターチのミックスしたものなど、お料理番組みたいに、直ぐに調理にかかれるように全て準備されていることには、とっても感心したのですが・・・
紙袋に書いてる文字、読めますかね。

Apple pie
2x (-apples)

つまり、アップルパイ2枚分(但し、リンゴは含まず)・・・。

リンゴは入ってませんよって書いておかなきゃ、いざ調理するときに忘れるとでも思ったんですかね? で、パイが出来て、「ありゃ、なんかオカシイ。もしかして、リンゴを入れ忘れたか?」って話になるのか・・・? そんな話をして、ひとしきりお腹を抱えて笑わせてもらいました。

さて、サンクスギビング当日。
Kちゃんはご主人と3歳の娘のはーちゃんを伴って到着。夕刻にはもう一人参加があって、大勢でVicとTが作ったおいしいお料理を頂きました。

私、サンクスギビングの料理って好きなんですよね。ターキーにグレービーと甘いクランベリーソースをかけて食べるの好きだし、この時しか食べないスタッフィングも、ノスタルジックな味がするから好き。スイートポテトは勿論大好き。今年のターキーは、Vicが新たに購入した赤外線調理器で調理。放し飼いのターキーだったからか、すごくおいしかった。Tが作ったキャロットもグリーンビーンズも本当においしかった! ありがとうー!!

2010年11月23日火曜日

ジョダとの旅

正午にオハイオ目指して出発いたしました。今夜は途中のウエストバージニアで一泊です。

そもそもは水曜曜日に1日をかけてカロライナからオハイオに運転して行こうと思っていたのですが、よくよく考えてたら、それは火曜日の夜中にシナコをバス停に送っていかなければならなかったので、必然的に水曜日出発だったのです。

ところがもしかしてサンクスギビングぎりぎりまで出稼ぎの可能性があり、シナコはバスでなく飛行機で行ってもらう事にして、私が自腹を切って片道航空券を買ってやりました(そもそもはシナコは自分のお小遣いでバスでNYCに行く事になっていたから)!。こうしてシナコは火曜日の夕方にNYCに向かう事になったのです。

私の仕事の方も、サンクスギビングにまで掛かることなく、先週の木曜日に帰宅。で、昨日ふと気がついたのです。何も水曜日に出なくていいじゃん!

火曜日(今日)に半分まで運転して、水曜日の早朝に出発すれば、水曜日のお昼までにはオハイオに到着する。元職場は木曜からは連休に突入するけれど、水曜日中に訪問すれば、元同僚や部署の人に会えるじゃない!って。

思い立ったら吉日人間。それから、元同僚や職場の人、友達に連絡を取り、水曜日に元の仕事場を訪問できるアレンジをし、火曜の夜の宿泊所を手配。

てなわけで、今夜はウエストバージニア州はチャールストンにいます。

あ、かの有名なチャールストンじゃないです。あれはサウスカロライナ州ですから。でも、この無名なウエストバージニアのチャールストンも、実はウエストバージニアの州都だったんです! 来るまで知りませんでした。

正午に出発して4時半に到着。思いがけずわりと大きな町だったのは計算外。周りに自然もなくて、ジョダはホテルの植え込みで用を足す羽目に。(ちゃんとポイ太君を使って拾ってまっせ~。)

今日は出発前に荷物を車のトランクに運んでいると、ジョダが隙を見て家の外に出ようとしてる。気をつけていたんだけど、とうとう外に出ちゃった。仕方ないから、車のドアを開けて、早々とジョダを車内へ閉じ込めた。

しかし、これがいけなかった。途中の休憩所で気がついた時、ジョダは首輪もしてないし、綱も家に忘れて来た。


幸いに泊まったホテルの隣がショッピングモールだった。でも残念ながらペットストアはなくて・・・。いろいろ探しあぐねた果てに、婦人服店でこんなベルトを見つけました! 首輪と綱を兼ねてくれます・・・。


明日は5時出発でオハイオを目指します。

2010年11月22日月曜日

ボディースキャナー

裸スキャナーことボディスキャナーが、色んな所で論議を呼んでいます。

サンクスギビングが近づいて、空港のセキュリティーは一段と混雑が予想される中で、一部の人たちは、ボディースキャナーやパットダウン(身体を手で触っての検査)を拒否しましょうなんて呼びかけてたりして・・・。

自分が一度拒否しておいて、こんな事を言うのもナンですけど、そんなことしたら、待ち時間が長くなって他の人に迷惑がかかるだけだから、諦めてさっさとボディースキャナーなり、パットダウンを受けて進んで欲しいものです。

最近はわが親のみならず、アメリカのお母さんにも不義理の限りを尽くしていて、電話もしていなかったのですが、今日は久々にご機嫌伺いの電話をしてみました。色々な話をして、話が空港のセキュリティーに及びました。

お母さん曰く、
「アメリカもイスラエルみたいにすればいいのよ。イスラエルでは、個人調査をして、この人は思想的にも環境的にも問題がないと判断した場合には、特別な身分証名書が発行されて、セキュリティーはスイスイと通れるようになるのよ」と。

イスラエルの事情に関する真偽のほどは調べてないのでわからないのですが、私は、
「そんな個人調査やってたら、どれだけ時間があっても足りないし、莫大な費用がかかるよ。アメリカ大使館で大使の通訳をする事になった私の大学院の先生は、能力的には採用になったものの、身辺調査に半年くらいかかってたよ」

それでもお母さんは、依然として、
「だけど、ジョダコは日本人だし、調べてもらったらスイスイとセキュリティーを通れるようになるのよ」と主張。

そこで、ちょっと考えて、
「それ、ありえないよ! 逆にヤブヘビだわ。サウジに住んでたでしょ、一時はアラビア語を勉強してたし、コーランだって持ってたよ。イスラムに関して興味を持ってるし、イエメン人の友達だっていた。こりゃだめだ。スイスイ通れるどころか、反対に、セキュリティーで別室に呼ばれて、体中の穴という穴まで調べられる事になるわ。ダメ、その提案却下!」

さて、サンクスギビングの連休を過ごすために、明日からジョダ連れでオハイオに行きます。今回は飛行機じゃなくて車なので、上記のような心配なし。

久々に友達に会えるの楽しみだなぁ~!

2010年11月21日日曜日

ジョダ

私がカロライナに引っ越して来たのが8月の末。そして今日までに約100日が過ぎた。

今年と来年は大学生が2人で支出が膨大なため、仕事最優先の馬車馬人生になることは覚悟の上だったのが、幸いにもコンスタントに仕事があり、数えてみると引越してから我が家に住んだのはわずか40日ほど。

ホテル暮らしは嫌じゃないし、各地に移動することも、今のところは全く苦にならない。どちらかと言うと、そう言う生活が非常に気に入ってはいる。

ただしひとつだけ常々気がかりな事があった。それはジョダのこと。

引越して真っ先に探したのがジョダの預け先。幾つか候補のケンネル(犬を預かってくれるところ)をキニコと一緒に回ってみて、距離的にも設備的にも一番良さそうなところが見つかった。けれどジョダにとって理想の場所かというとそうではなかった。

その昔、オハイオでジョダを預けていたところは、農家の一部でもあり、預かっている犬を家の中でも放していて、しょっちゅう外にも出して犬同士を遊ばせてくれていた。経営者の女性は根っからの犬好きで、レスキューもやっていた。レスキューとは、虐待を受けた犬や飼い主が飼えなくなった犬を次の飼い主が見つかるまで一時預かるボランティアのこと。彼女の飼い犬と預かっている犬とレスキューの犬たちが、一緒になって走り回れるその環境がジョダにはお気に入りで、そこに連れて行くとき、近くまで来ると匂いでわかるのか、興奮して窓の方に立ち上がって尻尾を振っていた。彼女もジョダをすごく可愛がってくれて、「満床」の時でも特別に預かってくれて、ジョダは彼女のベッドで一緒に寝ていたほど。

なかなかここまでのケンネルは見つからないとは思ったが、他の犬と一緒に走り回れる環境だとジョダも喜んだのだろうけれど、残念ながらそういうところは見つからなかった。

カロライナに来てから、これまで預けていたところは、全ての犬は別々の檻の中で(飼い主が同じであれば、複数一緒に入れることも可)、朝晩30分ずつ用を足すためと運動のために、小さな庭に放してくれる。犬たちの檻は向かい合っているから、お互いを見る事はできるのだけれど、一緒には遊べない。犬用のマットを敷いてくれているけれど、床はコンクリートでちょっと可哀相。窓も建物の片側にしかなく、小さい犬用の檻は窓のない側にある。ジョダが可哀相だから、特別料金を払って30分のお遊びタイムをエキストラでお願いしていた。でも高くなるから毎日は無理で、月水金だけ。

お世話をしてくれるのは若い女の子たちで、4-5人が働いていたかな。ジョダは結構可愛がってもらっているようで、連れて行くと嬉しそうに尻尾を振って入っ行ってはいたけれど。

これがたまにならいいのだが、100日のうち60日もこんな環境で過ごさせていたから、ちょっと不憫に思っていた。それに毎回帰ってくるたびに少し痩せていたし。前回は、餌の量を少し増やしてもらったから、痩せないで帰ってきた。

仕事に出かけるのは嬉しいのだが、毎回ジョダの事を思うと後ろ髪を引かれる思いをしていた。娘たちの事は全然心配にならないのに、ジョダは気に掛かるというのは、「娘より息子の方が可愛い」と世間では言うけれど、やはりその通りだな。

そんな訳で、少し前から、誰か個人でジョダを預かってくれる人がいないか探していた。家を買った時のエージェントだったマージも、ジョダを不憫に思っていて、「うちで預かってあげる」と言ってくれたのだが、マージの家にはシャム猫が2匹いる。(ちなみにマージも、シャム猫のレスキューをやっている。この2匹は彼女の飼い猫だけど。) 幾らマージがいいと言ってくれても、どう考えてもジョダが猫を追いかけ回して、猫に引っかかれるか、家中がぐちゃぐちゃになるか・・・。マージはそれはやってみないとわからないから、一度連れておいでとずっと言ってくれていたけれど・・・試してみるまでもない気がしていた・・・。マージは最後の手段として、もう少し探してみる事にした。

そして、とうとう知人の紹介で、これ以上は望めないと言うところが見つかり、今日、初顔合わせにジョダを連れて行ってきました!

ここのご主人は、偶然オハイオ時代から仕事を通して知ってはいたのだが、彼の家族が犬好きで、15歳、12歳、9歳の子供が3人居て、犬を2匹飼っていることなどは知りませんでした。家は森の中の一軒家で、外で犬たちが自由に走り回れる。


1匹は5歳のゴールデンレトリバー。ジョダは大きな犬が大好き。通常大きな犬は落ち着いているから、ジョダが追いかけても、あまり相手にはしてもらえない。もう1匹は中型のテリアの混ざった雑種。こちらはまだ1歳だから遊びたい盛り。こっちがジョダを追いかける。妙な三角関係だけれど、うまくバランスも取れて、ジョダはめちゃくちゃ楽しそうにしていました。

このご家族はその昔日本にも住んだことがあり、私が「ジョダが逃げたら『ゴハン』と言えば、戻ってきます」と奥さんに教えると、彼女は「ゴハン」という日本語を知っていて、子供たちに「riceとかdinnerって意味よ」と説明していました。

まだ初回はいつかは決まっていませんが、次からは罪悪感を感じずに仕事に出かける事ができます。

余りに理想的で完璧な環境だけに、夢か誠か、怖くなるほど。ジョダの素行が悪くて、あの約束はなかったことに・・・と突っ返されないように、品行方正でいてくれますように。

支払い

しばらく家を空けていると、請求書が溜まって、帰宅するたびに請求書の支払いに追われる。

それにしても、日本で暮らしていた時を思うと、どうしてアメリカでは支払い作業がこんなに多いのだろう・・・。思い返すに、日本で請求書を自ら払い込むのって、税金くらいなもんじゃなかったかな。光熱費とカードは全て銀行からの引き落とし。新聞代などは毎月向こうから取り立て、いえ集金に来てくれたし。(自動支払いもできたけれど、新聞はしょっちゅう変えてたし・・・契約するたびに色々くれるから・・・止めることも多かったから、集金してもらってました。)

アメリカでの支払いも、どこにいても受け取れるように、今では可能な限りペーパーレスの請求書にしているし、支払いも可能な限りオンラインを選択している。但し、毎月定額の家の管理費以外、銀行からの自動引き落としだけは選んでいない。だって、申し訳ないけれど、日本と違ってアメリカのシステムは信用してないから。いつ何時、誤まってヒトケタ違って引き落とされるかもしれないし・・・。

光熱費にいたっては、自宅をオフィスとして使っているから、光熱費のほんの一部を経費として計上している。ノースカロライナに引っ越してからは、支払いも分けたほうが良いと会計士に言われて、個人の口座からとビジネス用の口座から、割合に応じて分けて支払っている。

そのために、毎月の請求学を確認して、オンラインで支払い手続きをするのだが、自分でやるこの作業が災いして、ついうっかり払い忘れたり、計算を間違えて違う金額払ったり。そして支払不足や未払いで、何度も罰金取られそうになったりしてる・・・。(今のところ、どこの請求先でも「初犯だから見逃してくれ!」と泣きついて、罰金は免除してもらっています。)

罰金を支払わないで良いように、すべての支払いに関して毎月の記録をつけているのですが、その支払先の数や、なんと14。ガス、電気、水道、電話、携帯電話、インターネット、カード会社、授業料、ローン・・・。毎月14箇所への支払いがきちんとされているか、確認作業だけでも大変なのであります。

これ以外にも不定期な支払い(地方税、車両税、車やその他の保険など)があって、今日整理して発送する郵便物は6通だよ・・・。

買い置きの切手も少なくなってきたから、買っておかなきゃ。郵便局に行くの面倒だから(どこにあるのかも知らないし)、ネットで購入しようっと。

2010年11月20日土曜日

ポップオーバー(2)

数日前に出稼ぎを終えて帰宅いたしました。

今日はお天気も良いので、打ちっぱなしに行きました。100の壁はまだ越えられないけれど・・・。

あ、スコアの100じゃないですよ。100ヤードの壁です。どんなクラブを使っても、100ヤード飛ばない。でも80~90ヤードくらいは、8番でも6番でもドライバーでも飛ぶようになりました。(つまりクラブが違っても飛距離は同じ・・・。)

ボストンのレストランで食べたポップオーバーが余りにおいしくて、暇だし、自分で作ってみる事にしました。

ネットで調べてみると・・・数年前に先生の家で頂いたものは、厳密にはポップオーバーではなく、ヨークシャープディングだった事を思い出しました。

ポップオーバーも、ヨークシャープディングも、ダッチベイビーも、基本的には同じもののようですが、先生も仰っていたように、ヨークシャープディングには基本的にローストビーフから出る油を使って焼き、食べるときにはグレービー(肉汁)をかけて「辛く」食べるのに対して、ポップオーバーは、バターをつけたり、ジャムや粉砂糖を付けて「甘く食べる」という違いがあるようです。

ポップオーバー用の特別なパンがあることは、前回書きましたが、マフィン用のパンでも代用できるとのことなので、唯一我が家にない材料である強力粉を買ってきました。

よし、作るぞと言う時になって、オーブンの下の引き出しをあけてマフィン用のパンを取り出そうとして、「ママはお菓子なんて金輪際、焼かないからあげるよ」とキニコがカナダに行くときにマフィンのパンはあげてしまった事を思い出しました・・・。

思い立ったら吉日の私。この機会を簡単にパスするわけにも行かず、早速近くのターゲットという雑貨専門のスーパーへ車を走らせました。ニューイングランド地方のターゲットなら、ポップオーバー用のパンも置いていたかもしれませんが、ここは南部のノースカロライナ。マフィン用のパンしかありません。それでもOKとレシピにはあったので、迷わず購入。

ポップオーバーは膨らませるのが非常に難しいと、どのレシピにもあります。私はネットで検索した「絶対に失敗しないポップオーバーの作り方」なるレシピを参考に作ったのでありました。

結果は、ご覧のとおり。


膨らまなかったです・・・。

唯一、レシピにあるものの中で、家になかったのがベーキングパウダー。それがなかったからかな? でも、他のレシピにはベーキングパウダーなしのものもあったから、まぁいいかってはしょったのですが・・・。
でもね、負け惜しみじゃないけど、レストランで食べた超級に膨らんだポップーオバーは中がスカスカだったけれど、私の失敗作は中がしっとりして、まさに「プディング」状態。
これはそれなりに、とーってもおいしかったのでした。

ポップオーバーの弱点は、焼き上がり直ぐに食べないとしぼんでしまうそう。

でも私のは、最初からしぼんでいるから、時間が経っても形は変わってないよ(笑)。
明日もまだおいしいといいなぁ~。

2010年11月15日月曜日

Popovers ポップオーバー

今日、昼食を食べに行ったレストランで、ポップオーバーと言うパンが出てきた。
形はブリオッシュに似ているのだが、食感や味もシュークリームのシューのよう。

そう言えば、大学院時代に、ニューイングランドで暮らした経験のある先生のお宅に食事に呼ばれたときに、これをご馳走になったことを思い出した。これはニューイングランド地方の独特のパンなのかな。

これがポップーバーです。


めっちゃくちゃおいしいから、今度、家で作ってみたいと思います。マフィンの型でも代用できそうですが、ちゃんとポップオーバー用の型が販売されています。
料理しないくせに・・・でも、ポップオーバーの型も買おうかなぁ~。(物事はまず形や道具から入るタイプなので。)

2010年11月14日日曜日

ボストン観光

今日は、ランチを食べにボストンの中華街へ出かけました。
ネットで調べた結果、「ボストンで一番おいしい飲茶」として紹介されていたHei La Moonを目指しました。

噂どおり、外には行列が出来ていましたが、お店に入って2人だと告げると、直ぐに席に案内されました。並んでいる人たちはもっと大勢のグループなの? とにかくラッキー!


カートで運ばれて来る食べ物は、たいていが3個から4個入りで、お皿に盛り付けてくれる食べ物も、お皿から溢れんばかりに山盛りにつけてくれる。

私は色んなものが食べたいから、1つのものをたくさん食べて、お腹一杯になりたくないのよ・・・と、お連れの人に「3個の時は私が1個。残りは食べてくださいね」とお願い。

2人で8皿平らげましたが、どれもほーーーーーんとにおいしかった!! お腹もはちきれんばかりになりました。

私としては、脂っこくなくてあっさりした物が多く、変な香りとかもしないから、これまで食べたどこの飲茶よりおいしかったかも。(朝ごはん食べてなくて、お腹も空いてたんですけど。)
〆て税込で34ドル弱。安ーい!

ボストンで飲茶が食べたければ、絶対にお勧めのお店です。(88 Beach St., Boston)

その後、ハーバード大学まで行き、キャンパス内を散策。



大学生協で、ハーバードのロゴ入りスウェットを前に、これを着て歩いて、誰かに「出身校?」と聞かれたら、「孫が行く予定の大学なんです」と答えようと想像しながら、よっぽど買おうかと悩んだのですが、昨日アウトレットで買い物して、これ以上荷物が鞄に入らないかもと諦めました。いつの日かハーバード在学中の孫からプレゼントしてもらう日を待つ事にします。

2010年11月10日水曜日

裸スキャンとモバイル搭乗券(2)

今日もまた移動で空港へ。

昨夜チェックインした時、前回と同じ航空会社だし、今回もモバイル搭乗券にしようと思ったのに、何故かそのオプションがなかった。もしかして、対応できている空港と、そうでない空港があるからなのかな。

あるセキュリティーの列に並んだけれど、私の列の前方には車椅子の人がいて、呼吸補助器セットなどの医療器具も持っているし、全ての荷物を出して、車椅子をたたんで通すのにえらく時間が掛かって全然進まない。右奥の方を見ると、あっちの列の方が早く動いていそう。そちらの列に回った。ところが直前の男性は、床に鞄を広げて何やらやり始めて、その前の人はさっさか先に進んで行くので、間が開いてしまった。

ゆっくりやってるんなら、先に行ってもいいかなと、「May I?」と言って、抜かしていいかと身振りをしたら、やおら起き上がってじろっと睨まれた。(ふん、なら、さっさと行きなさいよ、と心の中で悪態をついた。)

すると彼の前にいた男性が、
「Young lady(お嬢さん)、急いでいるの?」

聞きました? お嬢さん、ですよ、お嬢さん!

すっかり嬉しくなりながら、
「いえ、ぜーんぜん。単に私はせっかちな性質なのです。」
「あー、それも、わかるよ。いや、急いでいるなら先に行ってもらおうかと思ったのだけどね」
「ご親切にありがとう。でも、時間はたんまりあるの」

ようやく台の上に荷物を置いて、靴や上着を脱いで、前方を見ると、この空港では全てがボディ・スキャナーに替わったと思っていたのに、今日はここだけ古式ゆかしい探知機でした。

またしても初体験ならず。

やはり搭乗券は探知機やスキャナーを通る時点ではもう不要でした。

2010年11月6日土曜日

裸スキャンとモバイル搭乗券

空港のセキュリティーで探知機を通る際、ジャケット類を脱ぎ、上着類はカーデガンに至るまで脱ぎ(たとえカーデガンの下のインナーが透け透けの物であっても容赦なく←可哀相に、たまにこういう女性がいる)、靴を脱ぎ、スカーフも取り、場合に寄ってはベルトも外し、鞄の中からパソコンとビニール袋に入れた液体類を出してトレーに入れ・・・この一連の作業を、もたつかずにさっさかしないと、後ろに続く人たちをイラつかせることになってしまう。

パスポートや免許証と言う身分証明書はこの時点ではもう不要なので、それはしまって、搭乗券だけを持って探知機の間を通るしきたりになっていた。

搭乗券をうっかり荷物と一緒に流してしまい、「搭乗券は?」と聞かれている人もよく見かけた。私も洋服を脱いだり、鞄の中からモノを引っ張り出したりしているうちに、どこに置いたかわからなくなりそうなので、たいてい一連の作業中は、搭乗券を口にくわえている。

映画「Up in the Air」でも「搭乗券をはっきりと係員に見せながら」探知機を通り抜けるシーンを映し出しているから、最近までは絶対に探知機をくぐる際に搭乗券は不可欠だったはずなのだ。

ところが、今回のフライトでは、もうその限りではないことが判明。

前日、ネット上でチェックインをしたのだが、ホテルの部屋だったのでプリンターがなかった。こんな場合、これまでは空港のキヨスク(これも航空会社で呼び名が違うが、要するに空港のカウンター前にあるセルフチェックインの端末)で印刷していた。

これまでに2回ほどモバイル搭乗券を選んだこともあったのだが、何となく「紙」の方が堅い気がして、空港で再度搭乗券を印刷していた。

でも今回は勇気を振り絞って果敢にモバイル搭乗券に挑戦することにした。唯一の疑問は、探知機を通る際に、搭乗券を見せるはずだが、携帯はトレイに入れてX線を通す事になっている・・・。この時はどうするんだ?ってこと。

そして昨日。これまで通りX線の列に並ぶ前に、搭乗券と身分証明書のチェック。そして「この後はもう搭乗券も身分証明書も要りませんので、しまってください」と言われた。

そうよね。モバイル搭乗券の人は見せようがないし、搭乗券のチェックはこの1回で済ますことになった模様。

ちなみにモバイル搭乗券は2Dバーコードで、既に携帯で2Dバーコードを使ってお買い物とかをしている日本の人には、ずっと馴染みがあるのかもしれない。係員がチェックするときも、スキャン機で「ピッ」ってやってオシマイ。

X線のところで、荷物を全部出して、靴も上着も脱ぐ。
そして前方を見ると、裸スキャンだ!
おお、今日こそ裸スキャン初体験、と前の人の後ろに並ぶ。
すると係員が、
「あなたの荷物は?」
「もう流れていきました。」 
荷物がまだX線の中に入って行く前に、探査機や探知機を通り抜けてはいけないことは勿論承知している。
「だったら、こっちを通ってください」

スキャンの隣に、以前の探知機のゲートもあり、私はそちらに案内された。
残念。また初体験ならず。

裸スキャンは一人ひとりを調べるのに時間がかかっていけませぬ。

もうすぐサンクスギビング。
全面的に裸スキャンに切り替えた空港では大混雑するんじゃないかなぁ・・・。

モバイル搭乗券は、当たり前だけど搭乗券なのだから、飛行機に乗る直前にも確認される。
このとき、ふと思いついた。

私の携帯はしょっちゅう充電し忘れてバッテリー切れになっちゃう。ターミナルに入ってからバッテリーが切れたら・・・と想像して、ぞっとした。
私みたいな人は、やはり堅く紙の搭乗券にしておいたほうがいいかもしれません。

2010年11月1日月曜日

ハロウィーン

昨日がハロウィーンだったと言うことを、今日、出先で11月1日という日付を書き込んで思い出した!

街灯をつけていなかったということもあるかもしれないけれど、幸いな事にだーれも訪ねてこなかった。我が家は、このサブディヴィジョン(計画的に開発される新興住宅地)の中でも、端っこに位置している上、まだ2棟しか建ってなくて、おまけに6軒しか入居していないから、だれもこんな効率の悪い場所にお菓子をもらいに来るはずがない。

勿論、お菓子も買ってなかったし、だーれも来なくてよかったー。

それにしても、家にテレビがないのは、世間の動きもわからないし、日付すら危うくなる。やっぱりテレビくらいあったほうがいいかなぁ・・・。(テレビないから、ソファーに座ることもなく、家の中でリビングは全く利用しないエリアと化しています。)