2010年10月21日木曜日

シナコ帰る

昨日の5時で授業が終わり、日曜までの4日間はシナコの大学の秋休み。

7時にシナコを大学に迎えに行く約束でしたが、考えてみたらシナコが大学に行ってから一度も訪ねて行ったことがないから、どこに住んでいるやら。

出しなに電話して、「どこへ行けばいいの? キャンパスのメインストリートでいい?」
「バッカじゃないの! そんな寮から遠い所。私はキャンパスの端に住んでるの」
「バッカじゃないのじゃないでしょ。寮がどこかわかんないもん。じゃあ住所教えてよ」
「わかった、テキストする」

車に乗ってナビに送られて来た住所を入力するも、キャンパス内の通りの名前なんかナビに入ってなくて出てこない。再び電話。
「ナビに入れても出てこないよ」
「もうほんとにダサすぎ。キニコはそれで来たのに」
「ダサいも何も、出ないものは出ない。近くの住所を教えてよ」
「わかった」

再び送られて来た住所を入力。今度は、番地である286を入れると、その番号は認知されず、1200番地しか出てこない。まぁいいや。1200まで行って、286まで戻れば、と出発。

ところが、1200番地から戻る術がない! 1200番から900くらいまでは道があるけれど、その先は行き止まり。見上げると上に大通りが走って、道は分断されている。どうやったら向こう側にいけるんだ?? 大通り手前のここは森の中であたりは闇に包まれている。

再び電話。
「286番地はナビに出てないの。いけないよ」
「バッカじゃないの、出てなきゃそのまま走れば286まで来るでしょ」
「だから、行けないんだってば。だいたい、ここがどこかもわからない。このハイウェイ渡らないといけないけど、どうやったら、渡れるのか・・・。今はXX通りとXX通りのところにいるから・・・地図で見てよ」
「何で動くのよ! 見るから待って」
「動かないと、どこにいるかもわかんないんだよ、こっちは。あ、大通りに出られそうだ!」

シナコの説明で何とか寮にまではたどり着けた。

シナコは大学で英語ばかり話しているからか、上記の会話は、私=日本語、シナコ=英語だったのですが、さんざんmoronだのdorkだのidiot呼ばわりされて、そこまで言われてなんで迎えにかなくちゃいけないのか。

家に帰ってからは、私が珍しく晩御飯を用意していたからか、「あーごはんが食べたかった」とかなりご機嫌でした。
ついでに、私のこの一週間のメニューを教えてあげると、
「え、何でママは誰もいなくなってから料理するわけ? どうして私たちがいた時何も作らなかったのよ?」
「作ってたじゃん」
「チンとかはね」
「ひど。でも一人だからこそ健康に気をつけなくちゃいけないからね~」と、私も訳のわからぬ説明をしておきました。(料理って、作らなければならないと思うと嫌なんだよね~。)

どうやら大学は楽しいらしく、このまま4年間行ってくれそうなので良かったです。 

ニューヨークへのバスは、午前1時半発。チャイナタウンへの到着は翌朝午前10時。片道40ドル也。

空いているのかと思いきや、ほぼ一杯。2席並んで空いているところなど皆無で、シナコは誰かの隣に座っていました。ま、40ドルですからね。

帰宅は月曜の朝ですが、私は月曜から再び出稼ぎですので、シナコは直接キャンパスに戻ります。
わずか4時間ほどでしたが、ちょっと様子がわかってよかったです。

ちなみに、シナコの寮の部屋は、これまでのシナコの部屋からは想像できないくらい片付いていました! しかも洗濯物も溜まってなくて、驚き! やればできるんじゃん。

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