2012年3月23日金曜日

メキシコにて

休暇でメキシコにやって来ました。
メキシコに来た理由は、このブログにも何度か登場いただいている仲良しのマビオさんの90歳のお誕生日パーティーに参加するためです。

パーティーは2日間に渡って執り行われ、初日はマビオさんのご子息所有の著名建築家による大邸宅である別荘にて。そして2日目はレストランにてです。

マビオさんは5年置きの節目のお誕生日の度に壮大なお誕生会を計画されております(まさに5カ年計画)。10年前のパリでのパーティーには子供達もまだ小さかったですし、ついでにお金も足りず参加できず。5年前のヨセミテ国立公園でのパーティーには、コネチカットから単身参加。そして今回に至っております。

マビオさんのパーティーについては追々ご説明するとして・・・、今回は同じくパーティーに日本から参加されるチカエちゃんの友人達3人と私を合わせて、4人でPunta Mitaにあるホテルの1室をシェアしております。

到着の一番乗りは私でした。海辺のリゾートホテルの一室。外からは波のさざ波が聞こえ、俗世界から切り離され、しばし憩いのひとときを与えてくれる写真のごとくの風景が広がっております。

ところが突然現実の世界に引き戻されるような事件が発生致しました!

到着して、スーツケースを開けたのはいいのですが・・・
私の命の次に(?)大事な忘れ物をして来てしまいました!!!!

化粧品がない!

スーツケースには前日から基礎化粧品は詰めていたものの、メイクアップに必要な物は出しっ放しだったのです。だって、お化粧しないで我が身を人目にさらすわけには行きませんから、家を出る前にはお化粧をせねばなりませぬ。

で、今朝3時半に起きて(6時のフライトでした)、入念にお化粧をした後、そのポーチをそのままドレッサーの上に置き忘れたらしいのです。

お化粧品なんて同室人たち(=日本人)に借りればいいじゃないって皆さんは思うでしょ?
でもそうは問屋が卸さない悲しい事情がコチトラにはあるんですよ。

その1
私は色黒である。しかも通常の色黒とは一線を画した(とほほ・・・)レベルの色黒である。(注、別段、特に黒くありたいなどとは今はみじんも思っておりませぬ。)

その2
顔にシミがある。そのシミたるや、実の両親にして、目をむくレベル。通常の「シミ」とは、またしても一線を画したレベルである。(あな、悲しや!)

マジで、シミを苦にして自殺してもおかしくないレベルのシミなのであります。
皮膚科にも通いました。ビタミン剤も飲んでみました。(こちらのほうは、途中で投げ出しましたが。) 高いお金を払って、騙されたと思って美白化粧品に散財して騙されました。何年にも渡る努力の甲斐合って、ようやく、これなら5割は隠せると信じたコンシーラーと出会って5年。

この5年は、信者が教祖の勧めるおふだや薬を買うがごとく、ずっとこのコンシーラーを買い続けておりました。お陰さまで、私のシミは世間に知られる事がなく(と信者は信じておる)隠遁生活を送っておったのであります。

ところが、そのシミが、文字通り白日の下に曝されると言う可能性が出て来たではありませんか!!!

もう、私は居ても立ってもいられませぬ。この緊急事態をどう切り抜けて良いやら。早速フロントデスクに電話し、自分の境地を伝えました。フロントからは同情の念と、「この町にはそう言ったお店はないが、近くの町に化粧品を販売する店があるか調べてご連絡する」との暖かいお言葉。(そうこうして、もう1時間近くが経ちますが。)

しばらくして、部屋のドアをノックする音。誰かが到着したか、はたまた気を効かせたフロントが、お店の住所か、はたまた私の化粧品に代するものを届けてくれたか。

勢い勇んでドアを開けると、ボーイさんが、ウェルカムドリンクとしてのマルガリータを4杯届けてくれるところでした。「友人達の到着は未だだ」と告げると、それでもいいからと2杯分のマルガリータを残して去って行きました。

ってことで、2杯のマルガリータを飲み干して、今はほろ酔い気分で、「もう素顔でパーティーに参加してもええわ、どうせ知った顔はそなさそうだ! しかも、知ってる顔たってスッピンの私には誰だか気付くまい」と、大きな気持ちになりながらブログを書きました。

けど・・・ほんまに、どうしよう、困ったよぅ〜!

2012年3月21日水曜日

音声認識

今日はブログを音声認識で書いてみることにしました。
いったいどのくらいの精度で書けるのでしょうか。
きちんと計画に発音しなければ言葉を読み取ってくれないでしょう。


明確に「発音」といったところが計画になってしまいましたけれど、そこそこの精度で、いえ、驚くような制度でかけていると思いませんか?

ここまで修正を入れずに認識された通りの文字で入力しています。二つ目の「驚くような精度」の変換が間違っていますがそれでもなかなかのものでしょう? また最初の三文は全て連続で入力しました。


私はiPhone 4Sを使っているのですが、先日新しいOSが送られてきました。それをアップロードしたらキーボードにマイクのアイコンが現れたのです。(前からはなかったと思うんですけど。)
そのアイコンを押して電話に話しかけると文字が入力されます。


今日のブログは、入力後に変換が間違っているものを修正して、90%を音声認識で入力しました。句読点も「丸」とか「点」、「エクスクラメーションマーク」「クエスチョンマーク」と言えばちゃんと現れます。


こんなことが可能になると人間はますますバカになってしまいそうですね。iPhone 4Sをお持ちの方、一度試してみてください。

2012年3月20日火曜日

車が真っ黄色!

夕方外に出てみたら、一日運転しなかったオデッセイが真っ黄色!
よくよく見て見ると黄色い花粉に覆われています。

今朝方は激しい雷雨で車は綺麗に流されたはずなので、この花粉は半日で溜まったもの。

その後ジョダの散歩に出た時に、ところどころ今朝方の雨でできた水たまりに、黄色いチョークの粉のようなものが浮いています。げげげ、これ全部花粉?

これだけの量の花粉。一体どこから来るのだろう、と見渡してみても、花らしい花をつけた木はありません。更に見渡すと・・・。

10メートル以上はあるかと思われる背の高い松の木が、この辺りにはたくさん生えているのですが、その上の方で、一部の木に何やら黄色い花のような物が見えます。どの松の木にも花が咲いているわけじゃないですし、枝によっては花のつけたものと松の実をつけているものとまちまち。

えっ、松の木にも花が咲くの?

と思って、ネットで探してみたら、まさにこんな花が見えました。かなり高いところなので、これほどはっきり見えるわけではないのですが。

花粉の主はこれに違いないと思います。

ノースカロライナ州は沿岸部に位置しているため松が多いです。その昔、船底に塗られる松脂はノースカロライナの主な産業物だったのです。

シナコの大学、ノースカロライナ州立大学のニックネームはターヒールズ(Tar Heels)ですが、これは足の裏にべったりついた松脂を意味するもの。南北戦争時代に、ノースカロライナの兵隊はまるでタールが足の裏にべったりついているかのごとく粘り強く、簡単には退散しないことからついたあだ名から由来しています。

ノースカロライナ州立大学(UNC)と言えば、現在アメリカでは大学バスケットの優勝決定トーナメントが繰り広げられていますが、3月はこのバスケットの決定戦でアメリカ中が湧くことから、これらの試合を総称してMarch Madness(クレージーな3月)と呼ばれています。

そもそも余りスポーツに関心がないので、March Madnessもここ1年ほどで覚えた言葉に過ぎないのですが、今年はUNCが活躍しているので注目しています。と、言っても我が家にはテレビはないので、ネットで結果を見るだけですけど。私が応援するチームは負けると言うジンクスがあるから、見ない方がいいのかもしれません。

現段階でUNCはベスト16に残っています。UNCはMidwest地区のランキング1位なので、次の試合は同じ地区のランキング13位のオハイオ大学だから、これは勝つでしょう。

ちなみにUNCはそもそもバスケットの名門で、マイケルジョーダンもUNC出身なんですよね。

地元だしシナコの大学だし、健闘を祈っております。

2012年3月19日月曜日

シナコの話

2週間ほど前、出張先にシナコから電話があった。
「今週末からの春休みに車を借りたいんだけど。」
「どこ行くの?」
「友達とWillmingtonへ1週間いくの」
「何人で?」
「6人」
「オデッセイでシナコが全員連れてくって言うの?」
「違う、シビック。友達がもう1台出すけれど、全員乗れないから」
「事故でもしたらどうする・・・」
「いえ、絶対に事故しません! お願い」
「事故なんてしませんとか約束はできないんだよ・・・うーん。Willmingtonまではどれくらいかかるの?」
「2時間半。私しか運転しないから。」

半年前に免許を取ったばかりで、普段は大学の寮だからほとんど運転していない。いきなりの遠出は心配だったけれど、心配だからダメダメと言っていたらいつまでたっても上達しないし・・・。

「わかった、いいよ。ただし出発時と到着時は必ず連絡を入れること」
「わーい!ありがと!」

その日、午後8時半ごろシナコから電話があったようだ。見れば6時半ごろに『今から出発します』のテキストメッセージも入っていた。わたしの携帯は呼び出し音を昼間から切りっぱなしで忘れており、気づいたのはお風呂から上がった10時頃。シナコに電話をかけた。

電話に出るなり、
「ママ、絶対に怒らないって言って!怒らないって約束して!」
「どうしたん?」
「あのね・・・」

ということで、しっかり事故ってはりました。
私が電話したときは、既に警察も呼んだあと。幸いたいした事故ではなかったので運転を再開して目的地まであと30分ほどという時だった。保険会社にはまだ電話していないというので、到着したらとにかくすぐに保険会社に電話するようにとだけ告げた。

シナコの説明では、右側車線を走っていたシナコの車に左の車線の車がじりじり寄ってきたので、怖いから右の路肩にまでよけたが、さらに寄ってくるので、スピードを上げてその車の前に出ようとしたところ、シナコの車の左後ろに相手の車がぶつかったとのこと。

これがベテランの運転手だったら右によけないで、ブレーキを踏んでその車をやり過ごすか、クラクションを鳴らすかするところだけれど。

相手はおそらく居眠り運転だったんじゃないかとシナコたちは警察に主張したそうだけれど、警察はどちらに非があるとも判断せず、切符も切らず、あとは当人たちでということで事故レポートを書いたそう。(シナコにはもう少し自己主張してほしかった・・・。)

保険会社の修理見積もり額は800ドル余り。
つい昨日、ようやく相手の保険会社との折衝が終結し、シナコの落ち度10%、相手の落ち度90%と決着したそうだけれど、「ノースカロライナ州の法律により、1%でも自己責任がある場合は、相手の保険は使えず自分の車は自分の保険で修理する」のだそう。なんだかめちゃくちゃ理不尽な気がしますね。

ということで、免責額の500ドルがシナコの出世払いと相成りなりました。

誰にも怪我はなかったし、シナコには事故時の処理など経験値が上がってよかったのでは。

けど、車を修理に持って行くのは私だし、めんどくさいな。写真ではほとんど分からないですが、バンパーがこすれ、一部ペンキが剥がれて、ウィンカーのプラスチックが割れてます。この程度で良かった。

2012年3月7日水曜日

もっとびっくりの話(2)

このブログを母がときどき見ているのは知っているのですが、先日の娘たちに書いたメールを掲載してからは何も言って来ないので、「父親の一大事なのに、ふざけたブログを書いて」と怒っているのかと心配し、先ほど実家に電話してみました。

電話に出たのは当の父親。

「調子はどう?」
「おー、元気やで」
「爆弾抱えてドキドキしてるの?」
「ドキドキなんかしてへん。そんなん考えても仕方ないやろ」
「テニスはしてるん?」
「あー、しとるで。昨日も行って来た」
「怖くないん?」
「怖がっとってもしゃあないやろ。それに適度な運動はええらしい」
「ママは? ママは落ち込んでないん?」
「落ち込んどるんかもしれんけど、今日もワシを放って朗読に出掛けて行ったし、栄養ドリンクのひとつも買ってくれるわけやなし」
「あはは・・」
「お前だけやで、電話して来てくれるんわ。RもYも何も言って来うへん」
「そうなん?」
「そうやで」
「そうなんか。そやけど何時死ぬかわからんってなったら、やっぱり、だんだん整理とか始めてるん?」
「せぇへん、そんなもん。今までと一緒じゃ。何もせぇへん」
「えー、遺言とか書かへんの?」
「書いたかて、譲るもんがあらへんがな」
「え、家があるやん」
「家はかぁちゃんの物やし、Hもおるがな」
「じゃあ、マンションがあるやん。あれジョダコに譲るって遺言に書いてよ」
「あほか、あれもかぁちゃんのもんや」
「ママが死ぬまではママの物でいいからさ、ママが死んでからでいいから」
「そんなん知らんがな。それやったら、かぁちゃんに言うておけ」
「わかった、ママに言うわ。それよりママがお葬式のこと心配してたから、めっちゃいいアイデア思いついてんけど」
「何や?」
「あのね、この際、パパとママの合同生存葬をするねん。そしたらみんな予定を組んで参加できるし、二人とも死んでからも思い残すところないでしょ?」
「ほんなら、お前が帰って来てやってくれ」
「ちゃんと予定組んだら、みんな集まれるやん。ええでしょ?」
「ええけど、死ぬことに関してはどうでもええわ。好きなようにやってくれ」
「で、今日は何するん?」
「おぉ、今日はうちに碁を習いに生徒が来る日や」
「生徒って、若い女性でしょ?」
「若いもんか」
「70代の若い女性って聞いてるで」
「そうや、70のおばんばっかりや。覚えが悪ぅて、ほんま、なんぼ教えてもいっこも覚えよらんから、腹立って血圧ばっかり上がるわ」
「ええやん、女性に囲まれて、楽しいやん。ほな頑張って」
「おぉ、お前も頑張れよ」

ということで電話を切りました。

電話を切ってしばらくしてシナコから電話。

「ママ、大丈夫?」
「何が?」
「だって、自分のお父さんが死ぬかもしれないって・・・」
「普通はそうなんかなぁ。自分が死ぬかもしれないって言われたら、めっちゃ怖いかもしれんけど、自分やないからなぁ。ママは冷たいんやろうか? シナコはママが死ぬって知ったら、落ち込む?」
「・・・落ち込むんじゃないかなぁ・・・」
「そんなもんかな・・・」

キニコからも、あのメールを送ってすぐに電話があり、ちょっと涙声。
「おじいちゃんのこと読んだよ・・・」
「しかたないよね。だから、なるべく機会があったらメールとかしてあげて」
「わかった」

と言う事で、普段はドライな娘たちだけれど、私よりはそこそこ心優しい人間のようでよかった。

2012年3月5日月曜日

もっとびっくりの話

さきほど、娘たちに下記のようなメールを発信いたしました。

キニコとシナコへ

じぃちゃんは去年の暮れだったか今年の始めにエコーで動脈瘤(Aneurysm)がお腹にあるのがわかり、土曜日に詳しい検査をしました。

エコーで見つかったときは3センチ台の大きさだったのが、土曜日の検査では4.7センチ。腎臓の近くにあって、手術で取るには非常に難しい場所であるため、手術で助かる可能性と失敗して死ぬ可能性が50%50%なので、今回は手術をしないで見送る事になったそう。6ヶ月後の9月に再び検査するそうです。動脈瘤は5センチを越えたら、何時破裂してもおかしくないらしく、破裂したら救急車を呼ぶ間もなく死亡するそう。

ということでじぃちゃんはこれからはドキドキしながら生きるそうです。
これまで通りテニスを続けていいですか、とお医者さんに聞いたら「あかん」と言われたら困るので、聞かなかったそうです。
おばあちゃんは「お葬式どうしよう・・・」と真面目に心配して、Hおじちゃんに相談したら、「そんなゲンの悪い事言うな」とたしなめられたとメールに書いて来たので、「備えあれば憂い無しだから考えておいたほうがいいんじゃない、何ならじぃちゃんのお葬式とばぁちゃんの生存葬を合同でやったらどう? グッドアイデアでしょ?」と提案しておきました。

とにかくママは「今死なれてもお金がないので帰れないから死なないように」と言っておきました。
でも「死んでからなんか来ていらん」そうです。「じゃあ今すぐは税金を払わないとあかんから、お金がなくて行けないので、もう少し生きて待っているように」とお願いしておきました。

周りのみんなは(ママを含めて)これまでじぃちゃんが寝たきりになるのを一番恐れていたので、これでじぃちゃんの寝たきりの可能性は限りなくゼロとなり、口には出さねど、内心胸を撫で下ろしているのではないでしょうか。

と言う事で、じぃちゃんが死んだらメールも書けないので、いまのうちにメールとか書いてあげてちょうだい。いい孫を演じていたら、遺産相続のチャンスもあるかもしれません。今のうちに取り入って、遺言に名前を書き入れてもらえるようにアピールしましょう。ライバルの孫はたくさんいるから軽視できませぬ。特にしょっちゅうじぃちゃんやばぁちゃんに会いに行ったり電話したりプレゼントを贈っている従兄弟のTは強敵でっせ。

ということで、ご連絡しておきます。

ママより

2012年2月21日火曜日

ちょっとびっくりのお知らせ

と言うタイトルの知らせが昨日コイオから届きました。

内容を見ますと、今年の4月1日付けで東京本社へ帰任との内示が出たとのこと。

フランス駐在がどのくらいになるのか見当はつかなかったものの、早くて2年、長くて4年と想定していただけに1年での帰国は全くの予想外でした。

この冬に娘たちがフランスに遊びに行きたいと言った時に、「冬は寒いからまたの機会にしたら」と代わりに日本に帰省させたのですが、今となってはフランス行きの機会を奪ってしまったのかな。

コイオの方も「誰かが遊びに来た時のために」と、2ベッドルームがあるアパートをわざわざ選んだのに、その余分な部屋を一度も利用することなく駐在が終わってしまったというのはちょっと残念な気はします。

でも帰国後の仕事場は本人が望むところでもあり、施設に入居している母親を頻繁に見舞ってあげられると言う点からもコイオ自身は喜んでいるので、私もそれが良かったと思っています。

(ちぇっ・・・今年もゴールデンウィークあたりにまたヨーロッパに遊びに行こうと思ってたのにさ・・・)

2012年2月14日火曜日

税金(2)

今日のUSA Today紙の記事。

同性結婚(same-sex marriage)や、婚姻は認められなくともそれに準ずる同性者カップルとしての法的権利(civil union、domestic partnership)が認められている州に住むこうしたカップルは、確定申告の時期には頭が痛いというお話。

同性カップルでなく誰しも税金は頭の痛いものには違いありませんが、現在の連邦政府の法律では、これらの人々には「夫婦共同申告」が認められないため、連邦税は個人個人で納めることになります。

ところが婚姻や同性者カップルを認めている州の州税は「共同申告」が可能です。但し州税は連邦税がベースになっているために、わざわざ連邦税を共同申告した場合の架空の申告書を作成し、その数字に基づいて州税をはじき出さねばなりません。

ということで、通常の場合より余計なステップが必要。これを会計士にお願いしていると、すなわち申告費用も通常より余計にかかると言うわけです。

我が家は同性カップルじゃありませんが、事情はこれと同じ。連邦税は夫と共同で申告しますが、ノースカロライナの州税は私一人だけが申告しますので、上記のケースとは逆で、連邦税を個人で払った場合の架空の申告書を作成し、それを元に州税を計算しなければなりません。

あーめんどくさい。
めんどくさい上にお金もかかります・・・。

2012年2月12日日曜日

クレジットカード

何だかここのところお金のことで頭の痛い話ばかり。

私はご承知のように気が短く、とりわけ自分の主張が通らないときにはかなり爆発するのですが、今日はそんなわけで頭に来てクレジットカードの口座を閉じました。

マイル(6万マイル)欲しさに、去年アメリカン航空のクレジットカードを作ったのですが、その個人向けカードを仕事専用に使っていました。初年度は年会費が無料になるのですが、今年の1月には会費75ドルを支払わねばならないところでした。

丁度その頃、新たにアメリカン航空の同じクレジットカードながら、ビジネス専用のカードの宣伝が舞い込み、こちらに加入すれば、5万マイルもらえるとのこと。

絶好のタイミングだったので、個人向けカードはキャンセルし、新たにビジネス専用のカードを作りました。

ちょっと日本の人にはわかりにくい話かも知れませんが、アメリカン航空のクレジットカードながら、実際のカードの発行者はCiti Cardなのです。つまりCitibankの系列のカード会社です。

木曜日の昼食の支払いにカードを差し出しましたら(ほら、2012年度からは日当としての経費は認められなくなりましたから)、「このカードは拒否されました」とお店の人に言われました。オカシイなと思いつつ、仕方なく別の(プライベート用の)カードを差し出しました。

翌日の昼食にも同じようにカードを差し出しましたら、同じく拒否され、その夜にカード会社に連絡しました。すると、「使用額が上限に達したため」との回答。

聞いてみると上限額がかなり低い設定。出張の多い私は、そんな額じゃあっという間に上限に達してしまいます。Citiカードを持つのは去年個人用を持っていたから初めてじゃないし、Citibankにだって口座はあるしと交渉してみましたが、Citibankとは無関係で、個人の信用レベルとも無関係で、入会から6ヶ月は上限が変えられないそう。とにかく直ちには無理で、相談して明日の午前中には結果が出るとのこと。

翌日、午前中には結果が出ているはずなので、お昼にも再挑戦しましたが、やはりダメ。またしてもカード会社に電話しましたが、「リクエストは否認されました、入会から6ヶ月という会社のポリシーは曲げられません」とのこと。

ビジネス用に専用のカードを設けているのは、会計士にも推奨されましたが、自分自身も個人の仕様と仕事用の仕様を切り分けるのに非常に便利だからです。けれどビジネス用のカードが使えないとなると個人のカードを使うしかなく、ややこしくなってしまいます。

「そんなちっぽけな額じゃ、仕事になんか使えない!」と訴えましたが聞き入れてもらえませんでした。そこで初回の請求額の支払い期限は2月27日で、既に2月24日には自分の銀行から引き落とす設定をしていましたが、それを昨日付けでの支払いに変更しました。上限からその分を差し引けば、その分がしばらく使えるようになるからです。

ところが今日、ホテルから電話があり、「カードが拒否されました。」

ぶっちぎれました。
「カードが拒否された」なんて聞けば、どれだけ借金背負ってるんだと思われかねませんよね。
しかもこの状態が向こう6ヶ月間続くなんて。第一、カードの使い分けができないのは面倒きわまりない。

再度カード会社に電話しました。電話する度に更なる上のランクの人を指名するので(直通電話の番号ももらっていた)、今日の相手は最初から数えて4ランク目の人。

ところが思った通り今回も回答は同じで、「会社のポリシーとして6ヶ月は上限は変えられない」の一点張り。

もう十分。
「お宅じゃなくたって、毎日のようにカード会社から勧誘の手紙は来るし、もういいです。口座を閉じます。」
会社が大きくなればなるほど小回りが利かない。相手の事情なんてどうでもいいんですよね。
大きな銀行がどんどんビジネスを失っているのはこういう理由から。

と言う事で、苦情だけたくさん述べて、口座は閉じました。

ま、お目当ての5万マイルは既に付いていたし、ブログねたはできたし、いいとしよう。

仕事用のカードがなくなったから、すぐさまどこかでカードを作らなきゃ。

2012年2月10日金曜日

税金

日本で暮らしていると殆ど税金のことなんて意識していないと思うのですよね。
強いて言えば、車などの大きな買い物をする時に、消費税が高いなぁと思うくらい。

日本で確定申告と言えば、相続があったとか、高額な医療費がかかったとか、家を購入したとか、特殊な事情があった年だけで、あとは年末調整だけでおしまいですよね。

ところがここアメリカでは毎年、全員が確定申告をしないといけないのですよ。
これはフランスとて同じ。

年末から徐々に確定申告の事が気になり出し、年が明けると帳簿を整理したり計算したり・・・にわかに忙しくなるのです。

オハイオに暮らした頃は自分の収入だけを一家の主として申告していました。当時の確定申告書は、収入はお給料だけで、資産はないわ借金はないわ、超シンプルで2枚でおしまい。自分で簡単に作成できました。

ところが今や複雑の極み。所得はアメリカのみならず、日本とフランスに渡っている。ローンも日本とアメリカにあるし・・・。扶養家族の大学生はカナダとアメリカだし。

一昨年の4月まではコイオがアメリカ駐在だったため、アメリカでの収入があり、夫婦合算申告のため、2010年度までの税金の計算は、私の数字を提出すれば、コイオの会社の会計会社が計算してくれていましたビ。2011年度の申告からは、コイオの会社の会計会社は使えないので(この会計会社は個人相手にはジネスをしないため)、自分たちで申告するしかありません。

そうなることは前からわかっていましたので、コネチカットを離れる前に、日米の事情に詳しい日本人の会計士さんを見つけ、これまで相談をしてきました。2011年度の確定申告の準備を始めるに当たり、その会計士さんから料金表が送られて来たのですが・・・それをみて卒倒しそうになりました。想像していた以上に手数料が高かったからです。

確かに我が家の事情は特殊です。永住権を持っているので、アメリカでの納税義務はあるのですが、コイオは去年4月までは日本の所得がありましたし、5月からはフランスで働いているのでフランスで確定申告をしなければなりません。アメリカでの申告は海外での所得と税金を控除した上での申告になります。

ややこしいことは承知の上ですが、それでもやはりかなり高く思い、いろいろ調べてみた結果、結局はお断りをしました。コイオはCPAを持っているわけだし、この際は会計ソフトを購入して自分たちでやろう。と、一時は思ったのですが、やはり初年度は知識がなさ過ぎて不安も多く断念。結局はコネチカット時代にアドバイスを受けた会計事務所に相談し、少し安く請け負ってもらえることになりました。

喜んだのもつかの間・・・、今度はこのままではコイオのアメリカでの追徴課税が数万ドルになると言われて・・・恐れおののいています。居住者として申請するとそういうことになるのだそうです。非居住者として申請すると、永住権を放棄したと移民法上はみなされるとのこと。でも、そうするしかなさそう。

そうかと思えば、私の経費の計算方法がこれまで出張先での食費は全て「日当」として経費を落とし来たのですが、「最近、税法が変わって、事業主は日当での経費計上ができなくなり、実際のレシートベースに変わった」とのこと。

まさに晴天の霹靂。食事のレシートなんて全然取っていなかったもの・・・。

あぁ、4月15日が怖い。追徴の税金が払えるかな。
同時に2012年度の予定納税の第1四半期の支払い期日も4月15日。
お金あるかな・・・・。

まったく、税金を払うために働いていると言っても全然過言じゃないです。