暇つぶしに本を読むことが多いのだけれど、日本に帰る度に買って来たもの、人に頼んだもの、そしてコネチカット時代から引越す前にNYCのブックオフで仕入れた本を殆ど読み尽くしてしまった。
残るは昔にまとめ買いしたものの、さほど食指が動かず、ずっと本棚の中に収まったままのものばかり。そんな中から、ぽちぽち選んで読んでいる今日この頃。
そうした中でも、林真理子の「聖家族のランチ」は意外に面白かった。ブラックユーモアのようで、最後の方は声を立てて笑う箇所まであった。(本当は笑う場面ではないのか?)
読み終わった本も溜まって来たし、コネチカットだったらブックオフに持って行って引き取ってもらうところなんだけれど。
日本のブックオフはオンラインで注文できるのに、アメリカのブックオフはやってないのよね。是非ともオンラインサービスやって欲しいのにな・・・。
最近、どんな本が面白いのかも良くわからないし、アマゾンで調べると、漫画じゃないのに表紙が漫画の本がたくさんベストセラーに挙っている。表紙が漫画って時点でもうパス。(食わず嫌い?)
何かお勧めの本があったら教えてください!
2012年4月8日日曜日
2011年9月26日月曜日
物書き
「無料でブログ書いてるなんて、あほらしないか?」
「ジョダコのメールは読んでいて本当に楽しい」
「いつか小説書いて欲しいのよね」
お世辞かおだてか何か知らないけれど、こんな風に言ってくれる友人はいるにはいるのです。文章を書くのが大好きで何度も地方紙の文章コンテストに入選している母も、自分の夢を託してなのか、「何か書いてよ」と私に言う。
確かに私は文章を書くことは好き。
けれど、私の日本語力は、英語力と並んで非常に貧しい。この非常には決して誇張表現でもありません。
最近の若い小説家をある大御所の小説家は日本語が貧しすぎるとこきおろしていましたが、そんな若手が書いた文章にも「そんな言い回しがあったか」と唸ってる私だから、到底文章で飯を食らうプロフェッショナルなんかには成り得ない。
でもね、本って美しい文章だけが命なのかなぁとふと思ったりするのです。
何でもない日常の何でもない瞬間が、人生が、ある人の生きる糧になったりもするのよね。あるいは暇つぶしになったりするのよね、と。
あぁ、大手の出版社が私の稚拙なブログに目を留めてくれて、それが本として刊行されて、ベストセラーにでもなりでもしたら、私は仕事を辞めて、毎日ワイン飲みながら、時々ジョダの散歩とエクササイズを兼ねた散歩して、あとは気ままにブログを書いて一生を終えられるのだがなぁと・・・夢想するのさえエネルギーの無駄だと気がついて、まだ9時過ぎだけれども、早々とベッドに入ることにした。
「ジョダコのメールは読んでいて本当に楽しい」
「いつか小説書いて欲しいのよね」
お世辞かおだてか何か知らないけれど、こんな風に言ってくれる友人はいるにはいるのです。文章を書くのが大好きで何度も地方紙の文章コンテストに入選している母も、自分の夢を託してなのか、「何か書いてよ」と私に言う。
確かに私は文章を書くことは好き。
けれど、私の日本語力は、英語力と並んで非常に貧しい。この非常には決して誇張表現でもありません。
最近の若い小説家をある大御所の小説家は日本語が貧しすぎるとこきおろしていましたが、そんな若手が書いた文章にも「そんな言い回しがあったか」と唸ってる私だから、到底文章で飯を食らうプロフェッショナルなんかには成り得ない。
でもね、本って美しい文章だけが命なのかなぁとふと思ったりするのです。
何でもない日常の何でもない瞬間が、人生が、ある人の生きる糧になったりもするのよね。あるいは暇つぶしになったりするのよね、と。
あぁ、大手の出版社が私の稚拙なブログに目を留めてくれて、それが本として刊行されて、ベストセラーにでもなりでもしたら、私は仕事を辞めて、毎日ワイン飲みながら、時々ジョダの散歩とエクササイズを兼ねた散歩して、あとは気ままにブログを書いて一生を終えられるのだがなぁと・・・夢想するのさえエネルギーの無駄だと気がついて、まだ9時過ぎだけれども、早々とベッドに入ることにした。
2011年5月10日火曜日
読後感想
パリからはとうの昔、とゆうても一昨日帰って来たのでありますが、パリ滞在の後半は何や忙しゅうて、と言うてもたいして何かを成し遂げたということもないのですが、ブログを更新する時間ものうてそのまま。写真も撮ったし書こかなと思う話もないわけではないんやけれど、取り立てて書くほどの話かと自問してみたら、まぁ書かんでもどうってこともないような話題ばかりで。それでももうちょっとしたらパリ一連の話の締めの意味でも書かんなあかんなぁとは思てます。
ところで今日のわたしの文章を読んでなんやいつもと調子がちゃうなぁと思う方、はたまた、ああこれは川上未映子のパクリやなぁと気づく方おるんとちゃうかと思います。この人の本は2冊目やねんけど、今は随筆の「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」を読んでいるんやけれど、一冊目の芥川賞を取った「乳と卵」でこの独特の文体は知っていたものの、どうやねんやろ。句読点があまりなくてひらかなが多くてその上ど大阪弁のこの文章、一体どれだけの人がほんまに理解できてるんやろうかとちょいと不思議になります。
そもそも芥川賞ってどんな作品に与えられるのんか直木賞のこともようしらんわたしやねんけど、勝手に芥川賞は「斬新」なスタイル、文章みたいなもんが評価されるみたいに思ってるから、確かにこれは斬新やわ。「乳と卵」はそれなりにストーリーもまぁ面白かったけど、そやけどなんか変な話であることは変わらんわけで。とにかくすぐに何かに感化されやすい私は、「そら頭はでかいです・・・」を読み始めたばっかりやのに、頭の中はすっかり川上未映子調。
ところでこの本の前につい先ほど梁石日(ヤン・ソンギル)の「闇の子供たち」を読み終えたばっかりなのやけど、この本の読後感想をこんな川上未映子超のおちゃらけた調子で書くこと自体非常に気持ち的にはばかられますんで、ここいらで普通に戻したいと思いますわ。
・・・川上未映子の感想と「闇の子供たち」の読後感想を同じブログのページに書くこともなんか躊躇させられるそんな本でした。本というかこれはアジアや世界の後進国で悲しいながらも日常茶飯に行われている子供の人身売買、幼児売春、臓器移植のことを小説にしたもののなだけど、これを読むと本当に無力感というか、言葉にはできないどうしようもない気持ちになります。
人の不幸は比べてもしかたなくて、誰のどの苦労がどこの誰のどこの苦労よりもしんどいか、辛いかというのは、ほんまの話、絶対的な比較はできないのはわかってます。神戸の震災も体験していない生まれてこの方、受難というものを味わったことのないこの私がこんなことを言ったら非難ごうごうやと思いますが、敢えて書くと、東日本大地震と津波で被災された人たち、ご家族をなくされた人たちですら、この本に登場する、そして現実に存在するこれらの子供たちよりも幸せやと思えてしまえるくらい、それくらい悲惨な状況。そしてその悲惨な状況を作り出しているのが、まさに、のほほんと毎日を暮らしている先進国に暮らすわたしたちなのだと思うと、ほんまにどうしようもない気持ちになるのです。
とうとう最後まで川上未映子調が抜けきれませんでしたが(あ、きっと頭の中が大阪弁になってるからやわ)、ふざけて書いてるんじゃなくて、ほんまやるせない気持ち、です。
ところで今日のわたしの文章を読んでなんやいつもと調子がちゃうなぁと思う方、はたまた、ああこれは川上未映子のパクリやなぁと気づく方おるんとちゃうかと思います。この人の本は2冊目やねんけど、今は随筆の「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」を読んでいるんやけれど、一冊目の芥川賞を取った「乳と卵」でこの独特の文体は知っていたものの、どうやねんやろ。句読点があまりなくてひらかなが多くてその上ど大阪弁のこの文章、一体どれだけの人がほんまに理解できてるんやろうかとちょいと不思議になります。
そもそも芥川賞ってどんな作品に与えられるのんか直木賞のこともようしらんわたしやねんけど、勝手に芥川賞は「斬新」なスタイル、文章みたいなもんが評価されるみたいに思ってるから、確かにこれは斬新やわ。「乳と卵」はそれなりにストーリーもまぁ面白かったけど、そやけどなんか変な話であることは変わらんわけで。とにかくすぐに何かに感化されやすい私は、「そら頭はでかいです・・・」を読み始めたばっかりやのに、頭の中はすっかり川上未映子調。
ところでこの本の前につい先ほど梁石日(ヤン・ソンギル)の「闇の子供たち」を読み終えたばっかりなのやけど、この本の読後感想をこんな川上未映子超のおちゃらけた調子で書くこと自体非常に気持ち的にはばかられますんで、ここいらで普通に戻したいと思いますわ。
・・・川上未映子の感想と「闇の子供たち」の読後感想を同じブログのページに書くこともなんか躊躇させられるそんな本でした。本というかこれはアジアや世界の後進国で悲しいながらも日常茶飯に行われている子供の人身売買、幼児売春、臓器移植のことを小説にしたもののなだけど、これを読むと本当に無力感というか、言葉にはできないどうしようもない気持ちになります。
人の不幸は比べてもしかたなくて、誰のどの苦労がどこの誰のどこの苦労よりもしんどいか、辛いかというのは、ほんまの話、絶対的な比較はできないのはわかってます。神戸の震災も体験していない生まれてこの方、受難というものを味わったことのないこの私がこんなことを言ったら非難ごうごうやと思いますが、敢えて書くと、東日本大地震と津波で被災された人たち、ご家族をなくされた人たちですら、この本に登場する、そして現実に存在するこれらの子供たちよりも幸せやと思えてしまえるくらい、それくらい悲惨な状況。そしてその悲惨な状況を作り出しているのが、まさに、のほほんと毎日を暮らしている先進国に暮らすわたしたちなのだと思うと、ほんまにどうしようもない気持ちになるのです。
とうとう最後まで川上未映子調が抜けきれませんでしたが(あ、きっと頭の中が大阪弁になってるからやわ)、ふざけて書いてるんじゃなくて、ほんまやるせない気持ち、です。
登録:
投稿 (Atom)