2012年7月15日日曜日

やせる脛(3)

久々に実家に電話して母と話しました。

仕事もせんとぷらぷらしている娘たちのことはブログで知っているので、
「ほんま、難儀な子等やねぇ。そやけど、そんな娘に育ててたんはアンタやからね」と母。

「ほな、言わせてもらうけど、そっちかてヒロユキって例があるやん。それはママの失敗作やんか。」
「そらそうやけど、私はまだ棺桶に足突っ込むまで、一縷の望みは捨ててへんねん。」
「ほんなら、私かてそうやん。まだアイツ等には一縷の望みは持ってるねん。これからまだどんな大物になるかわからへんやん。」

二世代に渡って空虚な望みを抱いていることが判明いたしました。

2012年7月13日金曜日

やせる脛(2)

昨日、久々に自宅に帰って参りました。
留守の間は、シナコに郵便物を毎日チェックして、請求書など重要そうなものがあったら逐一報告してと言っていたのに、「自動車保険から小切手が来てる」と言うのが唯一の連絡でした。

でも帰って見ると、害虫駆除の会社から「未納通知」は来てるし、先日のレンタカーのドアの傷の一件でこの会社からレターが来てたし、水道料金の請求書を始め、たくさん請求書が届いておりました・・・。どれも開封すらしてなかった。

私の頭の中で何かがブチっと切れる音がしました。

だいたい、ドアを開けた途端、目に入ったのはぐちゃぐちゃになった玄関マット。ジョダの仕業に違いないけれど、どうしてそれを正さないの? (ブチっ)

キッチンに入ると、キッチンマットがない。聞けば「洗おうと思って外した」とのこと。実は、留守中にキッチンのカウンターに置きっぱなしになっていたお菓子が、アリまみれになるという事件がありました。シナコがジョダを連れて友達の家に数日間泊まって、帰って来たら、黒山のアリだかりだったそう。(ぞぞ・・。) それで殺虫剤を撒いたから洗おうと思ったらしい。そこまでは賢いんだけど、結局それを洗濯機の前に放置しただけで、洗ってもいない。

別段、家を隅々まで偵察して回ったわけではなく、何気なく目につくもの全てが、私の頭の何かをブチブチ切るのであります。帰宅して早々文句も言いたくないけど、あまりの様子に、黙っていろって方が無理。(ここに書ききれぬ幾多のことがあります。実際は恥ずかし過ぎて書けない。)

ってことで、前回のブログの内容からの進展を書かせて頂くと、レンタカー会社から私宛に150ドルの小切手が来てました。恐らく、車を返却した時に払った免責分の500ドルに対して、修理費がそれ以下だったため「おつり」をくれたってことでしょう。この350ドルを今度はカード会社に請求せねばなりません。(ってことは、自分の自動車保険は使わなかったってことでしょう。)

自動車保険の会社からは、シナコが言った通り1300ドル分の小切手が来ていました。シナコがぶつけた車の修理費から免責の500ドル分を引いた残りです。

加えて、次の半年分の自動車保険の請求も来ていました。シナコが2回も事故したから、どれくらい保険料が上がるのかと心配していたら、なんと半年で200ドル下がってました。もしかして、例の事故が反映される前に請求書ができちゃったの? それとも娘たちがそれぞれ1歳年齢が上がったから安くなったの? 理由が前者なら、値上げは半年後に繰り越しってことなのかな。

先日のジョダの一件は、血液その他の検査の結果は全て「シロ」。その後も元気だったので、「食べ過ぎによる腹痛」と結論づけられました。

で、昨日。私が帰宅したときは元気だったのに、夕方あたりから、またブルブル震えだして妙な様子。シナコが散歩に連れて行っても、へばってしまって歩かなかった。でも晩ご飯は普通に食べました。ところが夜になって、私の寝室で3回も戻してた。今朝はちゃんと歩いて散歩に行ったけれど、ウンチをみたら、消化不良そのもので、中に赤茶色のものが。よーく見るとなんとなくチョコレートみたいで、そのなかに砂が一杯混じってた。どうやら、どこかに落ちていた砂まみれのチョコレートでも食べたみたい。正真正銘のイヤシ犬。っつうか、ほんとに学習しないヤツ。

2012年7月9日月曜日

やせ細る脛

ここんところ、本当に忙殺されてて、ブログを書く気も起こりませんでした。
こうやって一生懸命働いているのに、稼ぐ側から、お札に羽が生えて飛んで行きます。

まずはしばらく前にレンタカーを借りた折のこと。レンタカーを利用したのは空港からホテルまでの往復だけ。ホテルに宿泊した2日間は、クライアントの車に同乗させて頂いており、車はホテルの駐車場にとめっぱなし。空港でレンタカーを返却した際、助手席側のドアにゴルフボール大の凹みと小さな傷が見つかった。どうやら隣に駐車した車が、ドアの開閉時にぶつけた模様。(ほーんの小さな凹みに傷で、このくらいの凹み&傷がついたままのレンタカーは山ほどあるのに。)

レンタル中に付けられた傷なので、借りた側、すなわち私の責任になるのですよね。と言うことで自分の保険会社に修理費は請求されます。まだ決着してないので一体幾らになるやら。免責額の500ドルは自己負担。ただしレンタカーの支払いはクレジットカードを使ったので、カード会社の特約として、レンタカーの修理費に関しては自己負担分をカード会社が支払ってくれることになってます。結果的に自己負担はゼロだけど、手続きは煩雑だし、面倒。春休みにシナコが事故ったし、次回から保険料上がるのかなぁ・・・。

と、ドキドキしていたら、ある日出稼ぎ先の私へシナコから電話。
「ママ、また車ぶつけちゃった。今度はもっと、ひどくぶつけた」
「へっ!? どうなったん?」
「アパートのフェンスにぶつかった」
「どこのアパート?」
「学校の近く」
「フェンスは?」
「フェンスは何ともない」
「ほんと? 車はめちゃくちゃなのに?」
「いや、めちゃくちゃってほどじゃないけど・・・」
「とにかく、すぐに保険会社に電話して、警察に連絡した方がいいか聞きなさい。あとでどうなったか教えて」

車と保険(料)のことばかり気にかかり、シナコさんがどうだったか聞くのはすっかり忘れてました。でも自分で電話して来たくらいだから、全然大丈夫なんだと思うけど、それではあまりにも冷たい母親と思われては行けないので、後にポーズで電話を入れました。

「ところで、シナコは大丈夫だったの?」

ああ、なんて優しい母親でしょう。
で、次に、
「ね、シナコはちょっとよそ見をしただけだって言ってたけど、ほんの少し注意をそらしてだけでこんなことになったでしょ。だから、いつも言うけど、今回も違うんだとは思うけど、携帯をいじるとかiPodをいじるって言うのは、怖いことになるんだよ。絶対に運転中に電話とかiPod触っちゃダメだよ」と言うと、
「あの、実は一瞬iPodを見たの・・・」
ああ、やはり真実はコレか。これを教訓に今後は一切携帯をいじらないと肝に銘じてくれ!

修理費、1800ドル余り也。免責の500ドルはシナコに請求。

ということでしばらくシビックは運転できない。シナコは一度もオデッセイは運転したこと無いし、保険でレンタカーを借りることはできたけれど、運転に不慣れなシナコにはそれも怖いし、修理中は車無しで我慢しなさいと言い渡した。

ところが夏期講習を受けている最中だったので、どうしても学校に行かなければならない。そこで大学近くのアパートに住んでいる友人宅に、ジョダ連れでしばらく転がり込むことにしたらしい。

数日後、夜遅くにまたシナコから電話があり、
「出掛けてて、帰って来たら、ジョダが急に大きくなってる」
「どういうこと?」
「だから、急にジョダが太ったの」
「そんな、あるわけないでしょ」
「でもお腹のあたりが丸くなってて・・・ジョダは、ブルブルずっと震えてるの」

シナコの説明は相変わらず要領を得ない。
ジョダは時々アレルギーを起こして顔がむくんだりするけど、お腹が腫れるってことはないし。とにかく、抗ヒスタミンの赤ちゃん用シロップを与えたら落ち着くし、そうして様子を見て翌朝も具合が悪かったら獣医に連れて行くようにと伝えた。

結局、翌日も具合が悪そうだったので獣医に連れて行ったら、
(1)食べ過ぎ、または
(2)膵臓炎
とのこと。

どうやらシナコ達が出掛けている間に、11種のマルチグレイン(穀物の種類が11種入ってる)袋入りの食パンを3分の1袋食べたらしい。日本のパンと違って、こっちのパンの袋って50センチくらいあるんです。だから3分の1だと丁度、2斤くらいに当たるのかな。で、その夜からは下痢もして、脱水にもなっていたらしい。ただし獣医さんが膵臓の辺りを触ると痛がったので、単なる腹痛ではなく、膵臓炎の疑いもあると、血液検査とかもされちゃって・・・診療費+薬代=160ドル也。

399ドルで買った犬なのに、付加価値がつきまくって、今は初期投資の10倍くらいにふくれあがってはります。

どうやら今日には痛みもなくなったようで、結局単なる食べ過ぎだったみたい。

はぁ、やれやれと思いきや、今度はトロントのお姉さんから電話。
「今月と来月のアパート代が足りなくなりそうなんだけれど、お金貸してくれない・・・?」

キニコは6月で卒業。その後も8月末までトロントに残りたいと言った時に、いつまででもどこでも好きなところに住んで良いけれど、それは自分の甲斐性でやってねと伝えた。アルバイトで何とかなると言う予定だったようだけれど、どうやら資金繰りが行き詰まり始めた模様。

自分でなんとかしろと突っぱねることも出来たのだろうけれど、とにかく今回はお金を貸すことに。「但し、ちゃんと自分で生活できるように人生設計しなさい」と伝えたのだけど、どこまで伝わってるやら。相変わらず、ハワイに住みたいだの、しばらくはインターンをして、2年後くらいに大学院に行くだの、夢で屁を踏んだような話ばっかりしている。真面目にいつまでに何をどうするって計画立ててやっていかないと、結局何もできなくて終わるって言ってるのだけど、何の苦労も無く楽賃な人生を歩んで来たあの子達には伝わらないのか。今回のことで、お金がないと何も出来ないってちょっとは気付いてくれたのだろうか。

と言うわけで、私の脛は細る一方。
なのに、なぜか脛の肉は重力に反して上の方へ移動して胴回りについたようだ・・・。

2012年5月20日日曜日

異種移植

仙川環の「感染」と言うミステリーを読み終えたところ。

テーマは異種移植。
「ブタの心臓」を子供の心臓移植に使うと言うストーリー。

異種移植が非合法だと言う事を改めて知って、へっそうなの?と思ってしまった。
ブタの臓器なんて、とっくの昔に人間への移植に使われているように錯覚してたのに・・・。

なんでそう思ってたのかちょっと考えを巡らせてみた。

あ、思い出した!

うちのお姉ちゃん、小さい頃、食が細くて、身体も小さく痩せっぽちだった。

全然ごはんを食べないので、しょっちゅう両親に、
「ごはん食べられへんのやったら、ブタの胃と替えてもらう!」と言われていた・・・。

絶対これが私に誤った知識(?)を植え付けた根源でしょう。

シナコも周りの人からは「霞を食って生きてる」と言われたくらい、全然食べなかった。
けど、心優しい私は、両親のように脅したりはせず、取りあえず牛乳さえ飲んでくれてたらええわ、としていた。

へっ? 何ですか?
料理せんでええ口実やったら、子供の健康もかえりみないって?

2012年5月17日木曜日

出稼ぎから帰ってきたオカン

先ほど、数日のお仕事から戻って参りました。
今回は翌月のチケットを買っていたなどと言う、あほなミスもなく順当に帰って参りました。

家のドアを開けるや、玄関マットはぐちゃぐちゃ、脱いだ靴が散らかってる・・・。ジョダがたまにマットはぐちゃぐちゃにするんですが、私は都度直しておりました。

「何やのこれ〜」

こういうのは放っておけない質なのですぐさま整えました。

荷物はちょっと横においておいて、まずは手を洗って一息つこうとキッチンへ。流しの前に立つと洗剤が倒れてカウンターの上にオレンジの液体が流れ出してるわ、足下は水で濡れてるわ。

「ちょっと〜、何でここ濡れてるのよ〜。そんで見てご覧よ、洗剤倒れてるやんか。ちょっと、来てちゃんと拭いてよ〜」

洗剤なんか使ってないもん、私じゃない、と言いながらもしぶしぶ台所にやって来たシナコ。(なんで数日間この家にひとりでおって洗剤使ってへんねん。)

コーヒーを入れてちょっと一息と思ってふと見ると、

「えーっ! アリがいるやん! 何でよ、もう〜。アンタが食べ物を開けたまま放っておくからやん。もう、やめて〜!」

取りあえず見つけたアリを指でプチッと潰し、流しへ。
コーヒーを持ってリビングの方へ向かうと、

「なんで、こんなに散らかってるん。ほんまに、もう、いややぁ。片付けといてって言ったでしょ。こんなんするんやったらもう、出てってもらう! 後で絶対片付けて、掃除機をかけてよ!」

・・・はぁ。

そのとき、フェースブックを開いていたシナコを見て思い出した。

「そうそう、めっちゃ面白いYouTubeのビデオあんねん。ママのフェースブックにアップしてあるから」見てみて」

そのビデオを見て、ひとしきり笑ったシナコがひと言。

「ママ、そっくり」

・・・確かに。
あのビデオを見た時は、全く自分とは重ね合わさなかったものの、頭にこだまする先ほどの自分のセリフは、「パートから帰って来たオカン」そのものやん。

これがそのビデオです。
パートから帰ってきたオカン

2012年5月11日金曜日

ノースカロライナ州の憲法修正第1項

先週、ノースカロライナ州の憲法改正案が住民投票で可決された。
その内容は、結婚は異性間のもののみとし、同性婚および同性間の結婚に準ずる形を認めないと言うもの。

南部の州としてこうした憲法改正を行ったのはノースカロライナが最後の州だった。つまり他の南部の州ではとっくに同性婚は禁止されており、全米で州の憲法を通して同性婚を禁止しているのは30州あり(ノースカロライナが30州目)、加えて12州が法律によって同性婚を禁止しているそうだ。

実際に同性婚が合法化されているのは、マサチューセッツ、バーモント、ニューハンプシャー、ニューヨーク、コネチカット、アイオワのわずか6州とワシントンDCしかない。(ワシントン州とメアリランド州が部分的に承認。カリフォルニアは一旦認めたものの今は撤回らしい。)なのにニュースでは同性婚が認められたことばかりが報道されるから、そんなに多くの州が、逆に同性婚を禁じる動きに転じているとは全く気付いていなかった。

テレビも見ないし、ろくろく新聞も読まないので、ノースカロライナの憲法修正について知らされたのは、意外にもシナコから。

「ママ、知ってる? ノースカロライナは時代に逆行しているんだよ」と、先週、寮に迎えに行った帰りの車の中のこと。ルームメイトのリアと口を揃えて、この動向はおかしいと言う。

あれから1週間、我が家にはリアが居候中。

卒業生を除く学生は全員、先週寮を出なければならなかったのだが、リアのお母さんはノースカロライナ州のシャーロットからバージニア州のリッチモンドへの引越の真っ最中で迎えに来れず、行くところがないからと我が家にやって来た。

話を聞くと、同じ大学にいるリアの姉が今週末に卒業。卒業式に「両親」がやって来てくるから、それまでの1週間だけ、行き場がないとのこと。

リアが「両親」と言ったので、「じゃあ、お母さんだけリッチモンドに引越して、お父さんはシャーロットなの?」とたずねると、
「ううん、私と父とは縁が切れてるの。シャーロットにいるのは母の元パートナー。今は別れているけれど、まだ友達だから。彼女が私の義理の母なの。」

つまりリアにはお母さんが二人いて、それが彼女の「両親」なのだ。

私も数年前までは、まだ同性のカップルに対して違和感を持っていた。いえ、今でも、それがいざ自分の身内に降り掛かるとなると、素直に受け入れられるかどうか予測はできない。

けれど、本当に身の回りに同性カップルが多く、だんだん受け入れられるようになって来た気がする。

グリニッチでのお隣さんは男性のカップルだった。ベッツィーの息子もゲイだ。アンドリューの弟もゲイだ。高校時代にアリゾナに留学していたときに一番仲良しだったJoanと、Facebookを通して再会したら、彼女もレスビアンでもうすぐパートナーと結婚するって言っていた。キニコの高校時代の寮母さんの家族はレスビアンのカップルだった。数え上げたらきりがない。

歴史をひもといて見ると、ノースカロライナ州の「憲法修正第1項」と言うのは、実は過去にもうひとつあった。それは1875年の、「白人と黒人間の結婚を禁止する」と言うもの。この修正項は1967年に無効になるまで続いた。今回の修正は、1971年に新憲法が樹立されてから初めての修正になるのだが、過去の修正と同様に、いずれは無効になる運命を辿るのだろうか。

2012年5月9日水曜日

ヌーヨーク

無事に昨夜遅くカロライナに帰宅。
シナコに空港に迎えに来てもらい、タクシー代が浮きました。
なかなか使えるやん。

ニューヨークでの最後の夜は、ホテルの無料宿泊券がまだ余っていたので、友人のチカエとU子さんの二人も同じホテルに部屋を取って、朝から晩まで遊ぼうと計画。

先ほど、興味本位でまともに払ったら1泊幾らなんやろうと調べてみて、腰を抜かした。なんと1泊630〜680ドルですって! 絶対に自腹でなんか泊まれない。

前日、U子さんに連絡。
「噂で聞いたのですが、私がカロライナに引越してから出来た『ラーメンとっと』のラーメンがめっちゃおいしいとか。お昼は是非そこにしましょう!」

U子さんからの返信。
「・・・ジョダコさん、既にお昼は「15 East」、夜は「A Voce」ってことで話し合って決めて、それぞれのレストランに予約を入れておりますが・・・。」

たった2週間前に決めた予定だったのに、もうすっかり忘れておりました。
慌ててメールを打ちました。
「そうでござんした。トットのことはとっとと忘れてください、予定通りの決行で結構。で、ランチと夕食の間は何しましょう?」

またまたU子さんからの返信。
「あれあれ、ジョダコさんは、その後はハイラインを歩いて、その後中華街で「くこの実」を買って、その後は「足マッサージ」をしたかったんじゃなかったでしたっけ?」

・・・そんなことを言ったのも忘れてました。
あな、おそろしや、私の記憶力。

と言うわけで、その日の午後は、
チェルシーマーケット(私は行ったことなかったのです)→ハイライン(NCに引越してから出来た)→雨が降って来たので、ハイラインは早めに切り上げ→中華街。

中華街にて、昔時々行っていた「足のマッサージ」(足の裏のツボをぎゅーって押してくれるところ)のお店に行ったのですが(袁氏足部反射健康中心)、そのお店は潰れておりました。残念! でも似通ったお店があるに違いないと探して、見つけました!


「足舎 Foot Spa」ってお店。(84 Canal Street)
30分間が足、30分が背中(肩と腰)のマッサージをしてもらって45ドル。「袁氏」は足と簡易な肩もみ1時間で35ドルほどだったと記憶してますが、「足舎」の方はずっと小綺麗で、背中のマッサージもうつ伏せにベッドに寝て本格的なマッサージだったので、超満足!


チェルシーマーケットのFilling Stationってお店で、ザクロ風味のバルサミコと、ブラックトリュフ風味の塩をゲットし、中華街のスーパーにて、くこの実もゲット。あ〜嬉し。(料理もせーへんくせに。)

やっぱり、えぇなぁヌーヨーク。

2012年5月6日日曜日

タクシー

シリアのお店から一旦、チカエとマビオの家に行くことに。
土曜の夜はなかなか空車が見つかりません。
ようやくの思いで見つけた一台。

私が最初に後ろのドアを開け、乗り込もうかと思ったけれど、ゆっくり歩いて来るマビオを見て、ドアを開けてると、駐車している車との間が狭くてマビオは通りにくいなと彼を待ったほうがいいかなと。

反対側からチカエが乗り込んだ(と思った)ので、じゃあ私が真ん中の方がいいから、やっぱり先に乗り込もうかと考えた矢先、私が抑えているドアから誰かがタクシーに乗り込んだ。

一瞬何が起きたのかわからなかったのですが、反対側から乗り込んだのもチカエではなく、3人の若い女性があっという間にタクシーに乗り込んでしまいしました。文句を言う暇もなく、勢いドアが閉められ、タクシーは出発。

私が先に見つけたのに! ドアも開けてたし、足の悪い90歳の老人がそのタクシーに向かって歩いて来てるのに!

もう信じられへん!とぶーぶー文句を言っていたら、「過ぎたことは言っても始まらないでしょ、人生、こんなもの」とマビオ。さすが年の功。けど、やっぱり腹立つ!

チカエの家でしばらくくつろいでから、10時半を回ったのでおいとますることに。地下鉄でもそう遠くはないのだけど、お酒も入って眠たかったからタクシーで帰ることに。土曜の夜だからやはりなかなか空車は捕まりません。

しばらくしてやっと一台捕まり、「タイムズスクエアのXXホテルへ」

運転手さんとおしゃべりをしているうちにモロッコ出身と判明。今日二人目のアラブ圏の人。私は興奮してすぐさま得意のアラビア語を披露。

(ほら、よくガイジンで、日本語知ってると得意そうに、「アリガート、コンニチハ」(それしか知らない)言う人いるでしょ? こっちはまたかと苦笑するしかない、みたいな。私はソレのアラビア語版。)

彼が出稼ぎで、別れた奥さんと子供二人と、新しい奥さんと赤ちゃんをモロッコはラバトに残していること、最初の結婚で夢破れたので(せっかく出稼ぎしてお金をためて、やっと家族一緒に暮らせると国に帰ったら、奥さんから「亭主元気で留守がいいから戻って来るなと言われて離婚)、二人目の奥さんにはあまり期待もしてないし夢も持ってないんだ・・・とか言う話をしながら、タクシーはホテルへ到着。

少し気の毒でもあり、ちょっとチップを多めにあげました。

降りて見渡すと・・・一日中深夜まで、お正月の初詣のごとく人混みでまっすぐ歩けないタイムズスクエアの賑々しさがなく、ひっそりとしたビジネス街風。確かに某ホテルの前ではあるけど・・・雰囲気が違いすぎる。

通りかかったカップルに、ここは42丁目?とたずねると、「53丁目ですよ。」

ががーん! 同じホテルながら、違うロケーションで降ろされてました!

てなわけで、そこから20分ほどかけて、ホテルまで歩きました。こんなことなら最初から地下鉄に乗った方が早かった。

話に夢中で全く外を確認してなかった・・・。ほんまにお上りさん、且つアホ丸出しって馬鹿にしてるでしょ?。

酔いさまし&腹ごなしになって丁度良かったもんね。ふんだ。

ニューヨーク、NY

コネチカットに住んでいた頃はひと月に一回ほどのペースでマンハッタンに遊びに来ていた。ノースカロライナに越した後も飛行機で2時間、安い時には航空券は往復200ドルほどだから、1年に2回くらいは遊びに来られるかなって思っていたのに、やはり大阪-東京が近そうで遠いように、NYは思ったほど近くはなかったです。

ということで引越から約2年ぶりでようやくNYCの地を踏むことができました。今回は仕事は関係なく全くプライベート。日本はGWで暇になりそうだったのと、某ホテルの無料宿泊券が何枚もあって、その有効期限が今月末だったので、それを使いたかったこと。

旅の目的は、
1) 友達に会う
2) おいしい日本食を食べる
3) ブックオフで日本の本を入手する
4) 日本人美容師さんに髪を切ってもらう
5) 日本の化粧品を購入する

他にもまだ会う友人はいるものの、滞在1日目にして上記目的をほぼ全てクリア。

今朝はコネチカット時代に通っていた日本人美容師さんのところへ行きヘアカラー(外せません・・・)とヘアカット。

そこでチカエと落ち合い、蕎麦屋と言う日本食レストランへ。蕎麦屋へは私の元ホストシスターのスザーンもやって来て、3人でおしゃべりしながら、日本食を楽しみ、その後私とチカエでバーニーズ(デパート)へ。ここでお目当ての化粧品をゲット。

それからブックオフまで歩き、リストにあった本で在庫されていた物を片っ端から購入(18冊)。(ちなみに、読み終わった本を友人達にあげるために、ノースカロライナくんだりから、35冊抱えて来ました。)

そこからマビオさんの待つダウンタウンのスペイン料理屋さんへ行き、3人で食事。帰りに近くのシリア系のお店でバクラヴァ(アラブのお菓子)を買ってチカエの家でお茶するつもりが、シリア人のオーナーと意気投合して、「お茶を飲んで行け」とみんなでアラブ風のお茶をごちそうになり、買ったばかりのバクラヴァを食べました。

日本を追い求める旅に、懐かしのアラブの香りもプラスされ、大満足。

2012年5月5日土曜日

ったく!

今日はシナコを寮へ迎えに行った。

2日前に電話があって、
「1時じゃなくて、3時に迎えに来てくれない? 3時が提出期限のレポートがあるから。」
「はっ? ママはその日の夕方にニューヨークに行くって言ったでしょ。だいたい3時が期限だったら、その前に仕上げればいいでしょ。だめっ。予定通り1時に行くから、レポートも出して、荷造りもして待ってて。」
「・・・わかった。あ、それとリアも一緒に帰っていい?」

リアはルームメイト。秋からも一緒にアパートに住むことになっている。

「別にいいけど。何で?」
「行く所ないんだって。」
「はぁ?」
「お母さんはリッチモンドに引越すし、1週間後にしか来られないからって。」
「いいよ、うちは。」
「わかった。リアの荷物、夏中うちにおいておいてもいい?」
「置くとこあれば、別にいいよ。」

てなわけで、シナコとリアの二人と両方の荷物を取りに1時に寮へ行きました。
部屋へ上がると・・・案の定、荷造りは終わっておらず、部屋はしっちゃかめっちゃか。
さらにすごい量の物。

「えー、これ全部もって帰るの? 要らない物は捨てて来てよね。」
「えっー、もう全部、ごちゃごちゃに混ざってる。いまから仕分けしてる時間ない・・・」
「え、全部詰めたの? 私は一杯捨てたよ。山のようにゴミに持っててたでしょ。」とリア。
「ごめん、帰ってからやるから・・・」

あぁ、どうしてうちの子はこうアホなんでしょ。

ということで、要る物かゴミかわからぬ物で、一応運べる形になっている物から運び始めた。
3階の部屋から階段で、3人で1、2度往復し、後は私は主に下で受け取って、車に整理しながら積み込む係。

間もなく、運んで来るのはリアばかりになった。

「シナコは?」
「レポート書いてる」
「えーっ、やっぱり出来てなかったの」

ということで、うだるような暑さの中、私とリアだけせっせと働かされました。

ようやく3時前にレポートを出し、そこで私はタイムアップ。一旦3人で帰宅することにした。残りの荷物は私を空港に送ったその足で、二人が取りに戻ることになった。

帰ったら「お腹空いた」って言うので、ご飯を作らされ、食事の後、私は慌てて荷造りをし、5時過ぎに家を出発。

ニューヨークに到着後、10時過ぎに電話を入れた。

「もう寮は引き払ったの?」
「うん、全部荷物は出したよ」
「そう。今は二人で何してるの?」
「寮を引き払ってから、お腹が空いたから、どこか食べるところがないか探してるところ」

ここでぶち切れた。

「ジョダはどうなるのよ? 散歩も行かず、ご飯もやってなくて・・・。自分がご飯だって? 許せん! だめ! ご飯なんか食べずにすぐに帰りなさい!」

あれだけ二人に「ジョダのことよろしく」って言って来たのに。
あいつらに任せずにペットホテルに預けた方が、どんだけジョダは幸せだったか・・・。